再生医療症例集

生活
  • 細胞のささやき、心臓再生のメカニズム

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    なぜ、心臓に細胞を移植すると、弱った機能が回復に向かうのでしょうか。そのメカニズムは非常に精巧で、単に細胞が置き換わるという単純な話ではありません。特に、骨格芽細胞シートのような心筋細胞にならない細胞を用いた治療では、「パラクライン効果」と呼ばれる、細胞間の情報伝達が鍵を握っています。移植された細胞シートは、いわば”現場監督”のように振る舞い、周囲の組織環境を改善するための様々な指令物質(サイトカインや成長因子)を放出します。その一つが、血管新生を促すシグナルです。血流が乏しくなった心筋組織に、新しい毛細血管を伸ばすよう指示を出し、酸素や栄養の供給を再開させます。これにより、冬眠状態にあった心筋細胞(ハイバネーティング・マイオカーディアム)が再び目を覚まし、収縮を始めます。また、細胞シートは、過剰な炎症を抑え、心筋細胞が自ら死んでしまうアポトーシスという現象にブレーキをかける物質も放出します。さらに、心筋梗塞後に心臓が硬くなって拡張不全の原因となる線維化(リモデリング)の進行を抑制する働きも持っています。これらの効果は、細胞が放出するエクソソームと呼ばれる微小なカプセルに内包されたメッセンジャーRNAなどが、周囲の細胞に届けられることで発揮されることもわかってきました。一方、iPS細胞から作製した心筋細胞を移植する場合は、これらのパラクライン効果に加え、移植細胞自体が周囲の心筋と電気的に同期して収縮し、ポンプ機能そのものを直接的に増強する「ダイレクト効果」が主役となります。細胞たちが交わす巧妙な「ささやき」を解き明かすことが、より効果的な再生医療の開発に繋がっていくのです。